正田くんと木村くん(70年度生)のやじきた道中

やじさん・きたさんの四国九州旅行

~竹本慶三さん(68年度生)、松川健治さん(69年度生)にもお会いして~

2023年9月

やじさんは自動車部70年度生の正田一明くん、きたさんは同じく70年度生の木村真くん。

二人が旅行するようになったのは、2018年にもう一人の70年度生、高橋良次くんと三人で佐渡へ旅行したのがきっかけでした。

その後、コロナの影響で間が空いて今年の四国九州旅行は、やじさん・きたさんの二人旅となりました。

8月の世話人会オンライン会議で今回の旅行のことをお話しすると、

68年度生の谷﨑洋一郎さんと小林滋幸さんから

「68年度生の竹本慶三さんと69年度生の松川健治さんに会ってきたら」

と提案を受けました。

ご挨拶だけでもとお二人に連絡したのですが、お二人とも大変お忙しい時期にもかかわらず時間を割いて頂けるとのことで、そのお言葉にすっかり甘えてお世話になってしまいました。

きたさんは53年前に入部した時から、小型貨物の部で一年先輩の松川さんからフィギュアの指導を受け

「木村、いつまでも見てんじゃねーぞ」と厳しく指導され、今でも自宅の車庫入れでは松川さんの声が聞こえてきて、あわてて左のフェンダーに目を移しているそうです。

前置きが少し長くなりましたが、いよいよ出発です。

環状8号線から東名高速に入り、このまま東名高速を進むのか新東名高速に進むのか意見が分かれましたが、東名高速が工事中のため新東名高速を走ることになりました。

制限時速が120km/hのため、やじさんのスカイライン250GTは制限速度を少し超えても2000回転前後で静かに西へ向かいます。

ナビの到着予定時刻がどんどん早くなり、まるで時間を飛び超えていくような気持になりました。

伊勢湾岸自動車道、新名神高速、山陽自動車道、神戸淡路鳴門自動車道、高松自動車道を通って高松市街に入り、名物の讃岐うどんを食べました「これのなんとおいしかったこと」。

その後、「お庭の国宝」とも称される栗林公園、日本三大水城のひとつである高松城を見学して坂出市のビジネスホテルにチェックイン。

2日目は朝から暑い日でしたが、金刀比羅宮の785段の階段に挑戦、杖を突きながらもゆっくりと階段を上る一回りは年上に見える男性に出会いました。彼に負けるわけにはいかずと、上から下まで汗で体中びしょびしょになりながら本宮まで登り、お参りを済ませて階段を下りてくると、なんとそこに先ほどの杖を突いていた男性の姿が・・・ やじさんもきたさんも普段の運動不足を思い知らされた瞬間でした。

その後、国道32号線を南に走り、大歩危、小歩危、かずら橋を見学。渓谷美を楽しみにしていたやじさんは期待していたほどではないと、少々いらいらの様子。

徳島自動車道、松山自動車道、国道378号線、197号線を通って三崎港から国道九四フェリーで大分県の佐賀関港へ、そこから国道197号で大分市に入り、駅前のホテルにチェックイン。

3日目も朝から強い日差しが照りつける中を別府温泉の地獄めぐりからスタート。

時間の関係から7つある地獄の中からコバルト色の海地獄と一面赤色の血の池地獄を見学、「やじさんが海地獄で、きたさんが血の池地獄に入るのかな?・・」。

大分自動車道、国道387号線、212号線を通って阿蘇の大観峰展望台へ。

途中、道を間違えたこともあって車内は少々暗くなりかけましたが、大観峰からの雄大な景色に二人の心も大きくなったようで、阿蘇中岳火口に到着する頃には車内も元通りに・・・。火口付近の霧も晴れ、幾すじかの噴煙はあるものの運よく火口の底近くまで見ることが出来ました。

熊本市内へ向かう途中、回り道した高千穂峡は、斜めに切り立った岩の断面が圧巻で真名井の滝もとても美しく、ただ時間の関係で貸しボートに乗れなかったことが残念でした。

熊本といえば馬刺し、食事のたびに意見の分かれていたやじさん・きたさんでしたが、この時だけは意見が一致、ホテルお勧めの馬刺し専門の居酒屋へ直行、初めての本場の馬刺しとお米で作った球磨焼酎で乾杯~~その先はご想像におまかせします。

4日目も朝から暑い日でしたが、2日前に785段を上った筋肉痛の後遺症もないことから、熊本城の天守閣を目指してひたすら階段を上りました。天守閣からは2016年の熊本地震で現在も改修中の城内や復興した街並みを眼下に見ることが出来ました。その後、水前寺成趣園を見学、熊本オーシャンアロー桟橋からフェリーで島原へ渡り、雲仙温泉にある雲仙地獄工房を見学し、国道251号線を通って長崎駅前のホテルにチェックイン。

早速69年度生の松川さんに連絡すると「翌日、稲佐山の展望台へ行くなら是非、夜景を見せたい」と仰って急遽、稲佐山に上ることになり、30年ほど前まで精肉店を開いていて、現在作業所となっている昭和町の方へお迎えに行くことになりました。

松川さんへのお土産をホテルに忘れてきたことと、昭和町までの道が渋滞していたこともあって、車内も夕暮れの暗い雰囲気に包まれました。しかし、30分以上お待たせしたにもかかわらずご夫妻の笑顔に迎えられて、松川さんに稲佐山展望台まで案内して頂く頃には車内も夕日に照らされたように明るくなっていました。

ここで松川さんのことを少し紹介します。

松川さんは1973年に卒業後、お父上の営まれる松川精肉店を承継され、30年ほど前まで現在作業所として使用している昭和町で精肉店を営んだ後、

新大工町の市場に出店されました。5年ほど前にその市場が再開発により閉鎖されるまで営業を続けられて、現在は精肉の卸売に特化した営業を昭和町の作業所で続けておられます。

奥様は、松川さんの高校時代の先生の奥様の妹さんで、とても明るくて若々しく、(これは内緒の話ですが)どう見ても松川さんと同い年には見えませんでした。

松川さんと奥様

お子さんは男の子さんが二人で、長男の方は東京の南品川でフィットネスの会社にお勤めで、奥様は松川さんの妹さんご夫妻のお店へパートで来られています。

また、次男の方は諫早市に本店を置く信用金庫にお勤めで、小学校3年生になるお嬢さんが高校野球の県大会で始球式をされたことを嬉しそうにお話し下さいました。

松川さんに案内して頂いた稲佐山からの夜景は、手前の長崎港から広がる長崎市街の明かりがとても美しく、北海道の函館山からの夜景を超えるのではないかと思うほどで、やじさん・きたさん時のたつのを忘れてしまいました。

案の定、長崎市内の中華街に戻った時には時すでに遅しで、お店の閉店間際。ラストオーダーということで名物の長崎チャンポンと卓袱料理を注文したのですが、卓袱料理は既に売り切れとなっていました。でも長崎チャンポンとコクのある甘みのきいた美味しい酢豚をご馳走になることが出来ました。「ごちそうさまでした」

5日目は小雨の降る朝でいくらか涼しかったのですが、昼前から青空が広がりこの日も30度を超える暑さとなりました。

10時発の長崎定期観光バスに乗って5時間の市内観光を楽しみました。

ガイドさん(ガイド歴16年のベテラン)から説明を受けながら、長崎原爆資料館、平和公園、一本柱鳥居、出島、オランダ坂、大浦天主堂、グラバー邸をめぐり、原爆の恐ろしさをしみじみと感じ、平和の尊さを心から祈る時を過ごすことが出来ました。

ガイドさん

国道206号線を通って佐世保市街に入り、駅前のホテルにチェックイン。

68年度生の竹本さんに連絡すると、佐世保駅近くのバッグショップタケモトで待っていて下さるとのことで、お店にお邪魔することになりました。

バッグショップタケモトは「させぼ四ヶ町商店街」という三ヶ町商店街と合わせて約1㎞以上に及ぶアーケード街のほぼ中央にあります。二人の店員さんとともに奥から迎えて下さった竹本さんは、5年ほど前に手術をされたとのことで少しお痩せになったようでしたがスーツにネクタイ姿で登場、久しぶりにお会いするお顔にはチャームポイント(?)のお髭が。

バッグショップタケモト

最初にお店の中を案内して下さって、1F、2Fのフロアーに置かれている3000点以上のバッグを見せて頂きました。

ここで竹本さんのことを少し紹介します。

竹本さんは1972年に卒業後、大牟田市や沖縄県で修行され、1954年創業のバッグショップタケモトの2代目代表取締役に就任、させぼ四ヶ町商店街協同組合長を16年間務めて、現在は長崎県中小企業団体中央会副会長、長崎県商店街振興組合連合会理事長として長崎県商店街の発展に尽力されています。

また、明治学院大学同窓会長崎県支部支部長として母校の発展にも貢献されています。

ご家族はお嬢様が二人おられて、お二人とも福岡県で家庭を持ち、それぞれにお一人ずつお嬢さんがおられます。竹本さんご自身は現在、奥様とコーギー犬マーブル君14才と3人(?)で暮らしています。

YOSAKOI九州中国連絡協議会会長として、10月21日、22日に開催される「YOSAKOIさせぼ祭り」の準備にお忙しい最中でしたが、佐世保名物、時代屋の元祖レモンステーキや“ブルースカイ”というカウンター席のみ6席ほどの小さなお店の、竹本さん曰く「本物の佐世保バーガー」をごちそうになりました。

この店の佐世保バーガーは、ハンバーグの上にトマトの輪切りとほぼ生の玉ねぎの輪切りを乗せただけのシンプルな一品でしたが、女将の指示通りの食べ方で食べないと叱られるという、ちょっと変わった怖いお店で不器用なきたさんはドキドキでした。でも、2代続いているお店とあって、さすがの味に二人ともほっぺたが落ちそうになりました。

翌日も、弓張岳展望台から佐世保湾と第二次世界大戦で「ニイタカヤマノボレ」を発信した電波塔などを眺望し、九十九島が一望できる展海峰、九十九島公園などにも案内して頂き、おかげ様で佐世保の観光を堪能することが出来ました。

いよいよ楽しかった二人旅も終わりに近づき、佐世保からは西九州自動車道、長崎自動車道、国道385号線を通って邪馬台国論争で話題になっている吉野ケ里遺跡を見学、太古の暮らしに思いを馳せながら広い公園内を散策してから、九州自動車道で太宰府天満宮へ向かいました。旅が安全に終わりつつあることを感謝して、名物の梅餅も賞味することが出来ました。

新門司フェリーターミナルから阪九フェリー“せっつ号”に乗船、ついに九州ともお別れすることになりました。

翌朝、六甲アイランドフェリーターミナルに定刻に到着、そこから名神高速、伊勢湾岸自動車道、新東名高速を通って、夕刻までに無事帰宅することが出来ました。

今回の旅行、時間を間違えて危うくフェリーに乗り遅れそうになるなど、まさに「やじ・きた珍道中」となりましたが、平和の尊さと人の温かさを感じた有意義な旅となりました。

最後になりましたが、お世話になりました竹本慶三さん、松川健治さんにこの場をお借りしてあらためて御礼申し上げます。「ありがとうございました」

70年度生 正田一明、木村 真